自動運転やシェアリング(共有)、そして電動化……。次世代車の開発が熱を帯びる中、プレミアムカーブランドの先陣を切って発売したEV(電気自動車)ジャガーI-PACE。英国の老舗自動車メーカーが手がけたインテリジェントなSUV(スポーツ用多目的車)はワールドカーオブザイヤー2019など国際的な自動車賞の数々を受賞し、声価は高まるばかりだ。その魅力は、カーマニアの枠を超え、車を運転しない一般の人も引き付ける。テクノロジーを応用したユニークな創作で知られるアーティストのスプツニ子!さんもそんな一人。「テクノロジーそのものより、テクノロジーから見えてくる人間の本質に関心がある」と話す彼女に、最先端の技術を詰め込んだI-PACEから見える未来はどう映ったのだろう。
こんなに空が見える車なら彩雲をAI(人工知能)で探知して教えてくれそう――。I-PACEの運転席を倒し、淡く透き通ったフルレングスパノラミックルーフを通して見える空を見つめながら、スプツニ子!さんはそう話し始めた。 「彩雲」とは、日光の回折によって雲が赤や緑色に彩られる現象のこと。この取材の前日、タクシーの後部座席に寝転がっていて、車窓越しに雲が虹色に輝いているのを偶然見たという。その光景を写真に撮って、ツイッターでつぶやくと、それが「彩雲」で瑞兆であることも教えられた。すかさず「吉兆なんだ。ラッキー」と投稿した。その時の高揚した気持ちが、I-PACEの体を包み込むようなパフォーマンスシートに横たわることでよみがえったのかもしれない。
Profile:スプツニ子!
1985年、東京生まれ。2006年、ロンドン大インペリアル・カレッジ数学科と情報工学科を卒業。08年に英国王立芸術学院修士課程に進学し、10年修了。同学院で制作した「生理マシーン、タカシの場合。」「カラスボット☆ジェニー」などの作品を東京都現代美術館の企画展で展示。翌年、ニューヨーク近代美術館で開かれたグループ展にも出展。米マサチューセッツ工科大助教などを経て、19年4月から東京芸術大美術学部デザイン科准教授。著書に「はみだす力」(宝島社)。
最先端テクノロジーでアートを発信
アーティストと言っても、絵を描いたり、彫刻を作ったりするわけではない。最新のテクノロジーを駆使したデバイスやインスタレーションを作ったり、SNSなどで見知らぬ人も巻き込みながら映像作品を制作したり。実に多彩で多種多様。専門はスぺキュラティブデザインと呼ばれる問題提起型の創作だ。「作品によって問題を解決するのではなく、作品を通して様々な課題に気付いてもらいたい」
最新作は、5月末に東京で行われた六本木アートナイトで、アーティストの西澤知美さんと発表した「東京減点女子医大」というプロジェクト。2018年に発覚した医学部の不正入試問題で、女子受験者の得点を一律に減点していたことを受け、架空の女子医大を設立し、その学校の様子そのものを展示する内容だ。
「彩雲探知機能」もそんな彼女らしい視点で、I-PACEの可能性を指摘したのかもしれない。「車は単なる移動手段と思っていましたけど、窓から見える景色って私にとっては重要で、(パノラミックルーフを通して)都心でいつでも空を見られるのはリラックスできてとてもいい。彩雲や虹を探知して教えてくれるAIも備わっていれば、車での移動がさらに楽しくなりません?」
実は運転免許は持っているが、ペーパードライバー。都内の移動はもっぱらタクシーで、後部座席に乗ると寝転がって休息をとるか、仕事をするかのいずれか。「ですから、かっこいい車に乗る機会がないんです」。今回、「フォトンレッド」という赤く鮮やかに塗装されたI-PACEに初めて乗り、「いつもタクシーしか乗らないので珍しく感じる(笑)ちゃんとデザインされた素敵な車ってあるんですね」としきりに感心する。確かに車に詳しくなくても、細部まで手を抜いていない徹底的なクラフツマンシップが醸し出すオーラが自然に伝わってくる。実際に助手席に乗って、都内を走ると、エンジンのような内燃機関がないため圧倒的に静かな車内と、EVならではの力強い加速が彼女を驚かせた。さらにフロントガラスに速度やナビゲーションの指示などを表示できるヘッドアップディスプレイにも興味津々の様子。
時代を更新し続ける。それが英国の魅力
両親はいずれも数学者で父親は日本人、母親は英国人。スプツニ子!さん自身もロンドンで数学やアートを学び、青春時代を過ごした。それだけに車のことは詳しくなくてもジャガーというブランドが英国人にとって憧れの存在であることは知っている。「英国に住んでいる母方の知り合いが、ジャガーの車をどうしても手に入れたくて貯金に夢中だったことを覚えてます」
「でも、そのことがむしろ英国らしいのかもしれません」とスプツニ子!さんは話す。例えば、1960年代から70年代にかけてロンドンが発信源となったパンク・ロック。反体制的なスタイルで、日本を含め、世界中の若者たちに影響を与えた。あるいはアレキサンダー・マックイーン。ジバンシィのデザイナーも務めた天才は、高級紳士服のテーラーが軒を連ねるロンドンのサビルロウで修業を重ねた経験が、斬新なデザインのドレスを数多く生み出すことにつながった。
「伝統やクラシックな雰囲気に甘んじず、常に革新的なムーブメントを通して時代を牽引していくのが英国の面白いところ。今回のジャガーの取り組みもこうした英国の姿勢とリンクしているような気がします。クラシックを大事にしながら未来へ舵を切る。ジャガーって、やっぱり英国的なブランドなんだなと」
すでにジャガーではGoogleの自動運転プロジェクトを引き継いだWaymoと提携し、2018年からI-PACEを用いた自動運転の実証実験を始めている。スプツニ子!さんの要望も近いうちにかなえられるかもしれない。
「車=オフィス・ラウンジ」という彼女の発想は、60~70年代にかけて活躍した建築家グループのアーキグラムが64年に提案した「ウォーキング・シティ」にも通じる。こちらは都市規模の巨大な建築に車輪が付き、移動するという壮大なプロジェクト。アーキグラムも英国で結成され、その活動は保守的な英国の建築界に対するアンチテーゼとして注目された。もちろん当時は技術的な裏付けがないため、構想だけで終わったが、現在のAIや5Gなどの通信技術を応用すれば、必ずしも「夢物語」ではなくなりつつある。
「自分の気持ちを高めてくれる贅沢な空間を備えた車が、自動運転技術の普及に伴って実現できると思います。それに夜に私が自宅で寝ている間は、外で勝手に自動運転タクシーとしてお金を稼いでくれたら、もう言うことありません」とスプツニ子!さんは笑う。
ジャガーはブランドのコンセプトに「THE ART OF PERFORMANCE」を掲げる。車は確かに合理的に設計された工業製品だが、そうした合理性を超えた部分での魅力も大切にしていきたいという思いを込めている。例えば、ドライバーの思いのままに反応する刺激的な走り、誰もが振り返る印象的なデザイン、そして感動を呼ぶ体験。それらは数値やデータで表現できるものではないが、スプツニ子!さんの求める「車内で過ごす時間そのものを高めてくれる車」のありようとも重なってくる。
I-PACEのデザインに携わったイアン・カラム氏が「英国のクラフツマンシップと合理性を、美しくドラマチックに融合した」と話すI-PACEには感性に訴える性能が宿っている。その意味でこのEVは未来を予見しているのではなく、すでに未来を創造しているのかもしれない。
カメラマン:中西 真基
ヘアメイク:河西 幸司(UpperCrust)
Produced by YOMIURI BRAND STUDIO
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