新しい移動体験やモビリティーサービスの提供により「移動の進化を後押しする」ことをヴィジョンとし、2013年に設立されたSmartDrive。東京大学大学院在学中に同社を起こした代表取締役の北川さんは、今年Forbes ASIA「30 Under 30 ASIA」(アジアの次代を担う『30歳未満の30人』)に選出されるなど、注目を集めるイノベーターである。ここでは新橋のWeWork内にあるオフィスを訪ね、事業の内容や移動の未来について北川さんにお話をうかがった。
「SmartDriveの事業は大きく2つありまして、1つはクルマ(移動体)のGPSセンサー、カメラ、タイヤ空気圧センサーなどのデータを集め、それを適切に処理できるプラットフォームを開発し、その技術を他社に提供すること。またもう1つはそのプラットフォーム上に様々なアプリケーションを作り、法人や個人向け車両の管理や高齢者の運転見守りサービスのほか、安全運転により保険が安くなるサービスなどを提供させていただいております」
クルマのデータを集めるツールには、SmartDriveが開発した専用の車載デバイスを使用。このデバイスをクルマのシガーソケットに挿すだけで、例えばクラシックカーでもスマホと連動するコネクテッドカーに生まれ変わる。車載デバイスに内蔵されたGPSと加速度センサーにより急ハンドルや急加速などの挙動を推定。クラウドを介しスマホとつながることで、位置情報とともにドライバーの診断スコアを本人や第三者に伝えることができるのだ。これにより運転傾向をデータ化し、事故や危険を予測することが可能となる。今回は実際にSmartDriveのデバイスをI-PACEに装着し、北川さんの運転スコアや運転の詳細情報をデータ化していただいた。
Profile:SmartDrive 代表取締役 (CEO) 北川 烈
慶應義塾大学在籍時から国内ベンチャーでインターンを経験し、複数の新規事業立ち上げを経験。その後、1年間米国に留学してエンジニアリングを学んだのち、東京大学大学院に進学して移動体のデータ分析を研究。その中で、今後自動車のデータ活用、EV、自動運転技術が今後の移動を大きく変えていくことに感銘を受け、在学中にSmartDriveを創業し、代表取締役に就任。
https://smartdrive.co.jp
「今回、I-PACEをドライブしてIKEAとCOSTCOに行ってみました。じつは私、クルマでの移動がどちらかというと苦手なのですが、I-PACEは運転していて面白い。とにかくドライブフィーリングが心地よいですよね。電気自動車を作るためというより、この気持ちいい体験をさせるために電気を選んだのでは? という感じさえします」
「また、コネクテッドで深いデータを取りにいくためには、すべてが電子制御されているEVのほうが相性がよい気がしました。さらに今後、自動運転が普及してクルマの性能や速さがそれほど求められない時代になったとき、車内の体験やブランドの世界観などが重要になるのではないかと思います。I-PACEのようなディテールの綺麗さや細かいニュアンスは、今後クルマ選びにとても重要になるでしょう。また、今後シェアリングが進みクルマを所有しない時代になったとしても、ホテルを選ぶときと同じように、ジャガーの車内体験が好きだからジャガーを選んで移動するなど、言語化できない部分が消費者にとって最重要になってくるのではないでしょうか」
「移動の進化を後押ししたい」と語る北川さんは、ここ数十年で移動が移動でなくなり、クルマがクルマの形でなくなったとしても、ジャガーの上質な世界観は移動の楽しみとして選ばれていくだろうと語る。今まで人がドライブするクルマに最適化されていた道路もモビリティの変化に応じて、今後変化する可能性があると語っていたが、こうした移動の未来については北川さんの留学時代に予感があったという。
留学先のボストンで移動の未来に可能性を感じる
「私は大学3年のときボストンに留学したのですが、そこでは今後の世の中を変えていく技術が、研究レベルであふれていることを実感しました。ゼロからモノを生み出す多くの天才研究者たちとも出会いましたが、私自身は彼らが開発する技術の種を社会実装することに向いていると思ったのです。また、留学先の知人がテスラやグーグルで電気自動車や自動運転に携わっていたこともあり、移動の未来が思ったよりも早く変わっていくだろうと感じていました」
その後、東大大学院に進学することとなった北川さんは、スマートアグリや医療などというテーマがある中で、データの時系列処理や、渋滞予測などモビリティに関するデータ分析をテーマに研究を進めていった。留学先での体験と大学院時代の研究から「モビリティの領域で何かやりたい」と感じSmartDriveを起業したのだそうだ。
「起業するのであれば、自分たちが実現したことで世の中が良くなるような、大きいテーマがよいと当時から考えていました。自動運転の是非が世の中で騒がれていますが、完全自動運転のクルマが全台普及するのは、数十年は先ではないかと思います。まずは今、世の中に走っているクルマをインターネットにつなげて最適化するというところに可能性を感じました」
「じつは私が創業した当時、車両診断を行うための整備用IOTデバイスを作っている会社は海外に10社くらいあったのですが、そうしたデバイスを保険料の見積もりや車両管理などのライフスタイルと密着させて活用できれば、もっと普及するのではないかと感じてSmartDriveをスタートさせたというわけです」
起業の根底にあるのは、クルマがネットとつながり、そのデータプラットフォームがオープンかつグローバルに使えることで、移動がもっとよくなるという信念である。
「人間は紀元前から狩りに行くなど、ずっと移動に時間を使ってきました。馬車やクルマなどのモビリティの進化で移動距離は変わりましたが、通勤や通学など人間が1日で移動に費やす時間というのは、じつは変わっていないというデータがあります。ただ、自動運転が普及して、その空間自体が次の打ち合わせ場所になるとすると、移動が移動でなくなり、クルマがクルマの形でなくなるかもしれない。空間そのものが移動していく可能性もある。となると、紀元前から変わって来なかったものがここ数十年で大きく変わる可能性があります」
そんな未来のモビリティや移動のカタチを見据え、最近はAIとブロックチェーンを研究する『SmartDriveラボ』を始めたり、中国は深圳に出張所という形でオフィスを構えた。
ブロックチェーンとAIを使い「移動の進化」を世界へ
「深圳にはテクノロジーが集まってきているので、長年興味はありました。弊社の株主にiPhoneなどのEMSで有名なFoxconnという台湾の会社があるのですが、その本社が深圳に移ったことで弊社もオフィスを間借りさせてもらったんです。深圳の企業は、どこもスピード感、規模感、熱量があり、そういうところで生まれる技術と弊社のビジネスを組み合わせると新しい価値が生まれるのではないかと考えました」
「例えば、車内でスマホを操作している場合にどれだけ事故率が上がるのか? ということを分析したい場合、カメラなどを通じてドライバーの動作を判定する部分は、深圳ですでにある高度技術と提携できればよく、我々はそれがどう運転に影響するかに専念したいと考えています。また、世界的にオープンでグローバルなプラットフォームを作りたいと思っているのに、ずっと日本にいるわけにもいかないですしね」
深圳で世界最高峰の起業家の事業を目の当たりにし、そのスピードを体感しているという北川さん。仮想通貨で知られるようになったブロックチェーン技術も、SmartDriveに応用していくと語る。
「「我々はいろいろなところから上がってきたデータを分析するのですが、クルマがいつ車検に出されたか? いつ購入されどのタイミングで乗り換えたか? をロングタームで追跡する必要があります。今はブロックチェーンでなくても既存のインターネットの技術で十分実現できるかもしれませんが、そういった長期的で堅牢性の高いデータ保持技術については、将来に向けて動向をウォッチしておく必要はあると考えました。また、走行データの価値というのは、今はまだみんな何かに使えそうだけど、具体的にいくらの対価を払えるかをわかっていない状況かと思います。そういった段階の時に、例えば走行の対価として独自の仮想通貨としてのジャガー・コインをドライバーに払うなど、走行価値を新しいエコシステムでドライバーに還元するしくみを実装するというのも面白いと思っています。こうした分野はブロックチェーンの技術をはじめ、将来に向けて社内R&Dで進めていくつもりです」」
北川さんが2013年にスタートしたSmartDriveは日本経済新聞「NEXTユニコーン 推計企業価値ランキング」で推定企業価値が149億円と紹介され、前述のように世界を見据え着々と「移動の進化」を後押ししている。また、今回のI-PACE試乗は未来へのイマジネーションが次々と浮かぶ、特別な体験となったようだ。「まだやりたいことの1%も実現していていません」と語る北川さんだが、起業時に目指した「事故が減り、移動がもっとよくなる」世界へ、SmartDriveは一歩ずつ近づいている。