全世界で発売されているクルマを世界中の著名ジャーナリストが評価し、その年のアワードを決定するワールド・カー・アワード。I-PACEは2019年のワールド・カー・アワードで、最高の栄誉となるワールド・カー・オブ・ザ・イヤー賞、そしてワールド・カー・デザイン賞、ワールド・グリーン・カー賞の3部門を同時に受賞するという史上初の快挙をなしとげた。ここでは実際にワールド・カー・アワードの選考委員で、I-PACEに高い評価をつけたモータージャーナリストの方々にご登場いただき、I-PACEの魅力と評価ポイントを語っていただいた。
第一弾は岡崎五朗氏。
日本自動車ジャーナリスト協会理事
日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
ワールド・カー・アワード選考委員
インターナショナル・エンジン・オブ・ザ・イヤー選考委員
Profile:岡崎五朗
青山学院大学理工学部機械工学科在学中から執筆活動を開始。新聞、雑誌、webへの寄稿のほか、2008年からはテレビ神奈川「クルマでいこう!」のMCをつとめる。ハードウェア評価に加え、マーケティング、ブランディング、コンセプトメイキングといった様々な見地からクルマを見つめ、クルマを通して人や社会を見るのがライフワーク。
私が「I-PACE」に初めて乗ったのは2018年の6月、ポルトガルでの試乗会です。その印象をひとことでいうと「自動車メーカーがピュアEVを作ると、こうなるのだ!」という信念が、はっきりと込められたクルマだということでした。
ポルトガルはあまり裕福な国ではないため、道路はどこもボコボコです。2日間で500キロくらいを走りましたが、そうしたコンディションの悪いワインディングロードでもボディがみしりともいわないですし、22インチという大きなタイヤでも大変乗り心地がいい。I-PACEのボディ剛性は「F-TYPE」と同じくらいあるのですが、ホイールベースが短いスポーツカーと同等のボディ剛性というのは、SUVとして極めて驚異的です。
試乗コースにはオフロードや川渡りなど、通常ではオフロード走行を得意とするランドローバーが行うようなコースも含まれていたほか、サーキット試乗もありました。ハイパフォーマンスモデルを得意とするメーカーであれば、サーキット試乗もありますが、SUVでここまでクルマの性能を試す試乗会というと、普通のメーカーではほとんどやりません。ただ単に「速い」とか「環境に優しい」というだけではなく、あらゆる状況で安心して走れるということを体験できる試乗会でした。「ジャガーのバッチをつけている以上、あらゆる性能は譲れない!」という思いを証明したかったのだと思います。
ジャガーはフォーミュラEのサポートイベントとして「Jaguar I-PACE eTROPHY」を開催しています。市販車とレースカーではクルマの作りが違うとはいえ、基本性能に自信がないとワンメイクレースのベースカーにはなりえないでしょう。ちなみに個人的な体験ですが、I-PACEの0-100km/h加速は4.8秒で、テスラモデルXのEVは2.9秒。しかし、この0-100km/h加速を続けていくと、テスラモデルXは回を重ねるごとにそのパフォーマンスが落ちてきましたが、I-PACEの加速は一定です。これはどちらが良い悪いでなく考え方の違いなのですが「SUVでサーキットなど走らないはずだから、加速性能のスペックはこれでOK」という考え方もあると思います。ただ、自動車メーカーがカタログにスペックを書く以上、いつどんな状況でもパフォーマンスを発揮できることを保証したいはずなのです。「どういう状況でも性能を出せる」ということにこだわった「クルマ屋が作るEV」さすがジャガーだなと感じた試乗会でした。
また、EVの話ではよく「エンジンの代わりにモーターになると、EVはどれも一緒で個性が薄まるのでは?」という疑問を持つ方もいらっしゃると思うのですが、私はそんなことはないと思っています。じつはI-PACEに初めて乗り、スーッと加速した瞬間に思い浮かんだのが、デイムラー・ダブルシックスでした。6リッター12気筒の素晴らしいエンジンにエレガントなデザイン。文句なしの名車ですよね。ただ、燃費が悪くてリッター3キロくらいしか走らないし、もう二度と市販されることもない。昨今のようにエンジンが燃費でしばられ、本来の魅力が発揮できない時代になってくると、12気筒なんて死に絶えるわけですが、I-PACEなら、モーターで当時の気持ちよさを味わえるのです。
ということで、I-PACEの試乗で「EVの未来が拓けた」という感じがしました。クルマはEV化でつまらなくなるのではなくて、もっと面白くなるのだと。例えば、スポーツモードやダイナミックモードなど、最近のクルマはパワー特性をドライバーが選んで楽しめるようになりましたが、そこに「デイムラー・ダブルシックスモード」があってもいいわけです。I-PACEでは実際にエンジン音のボリュームも変化させることができますが、そうした音質と合わせ、今日は直6エンジンで明日はV12エンジンモードみたいな楽しみも技術的には可能でしょう。
最近、クルマのエンジンは燃費規制でつまらなくなっていき、切れ味のよいエンジンやまったりしたエンジンなどが次々となくなっています。そんな中でI-PACEは救世主のように誕生したのです。マグナス社長も「これはタイヤのついたPCなどではない」と語っていましたが、まさにI-PACEはジャガーのアイデンティティーが注がれているわけですよね。
おそらく、今回私がI-PACEをワールド・カー・アワードで高く評価したように、世界中のモータージャーナリストにも同じような気持ちがあったのではないでしょうか。ワールド・カー・アワードの選考委員というのは、基本的には何十年もモータージャーナリストをやっている、バリバリのクルマ好きでエンジン好きです。基本EVには懐疑的で「EVなんてつまんないな」とか「これからどうなってしまうのだろう?」と感じている中でI-PACEが登場し「これならいいじゃん!」と思ったことでしょう。そこが今回のワールド・カー・アワードで、ワールド・カー・オブ・ザ・イヤー賞とワールド・カー・デザイン賞そしてワールド・グリーン・カー賞と、トリプル受賞を果たした大きな原因だと思います。
また、デザインについてですが、ジャガーの特徴はこれまでロングノーズでキャビンが小さく、背も低いというスタイルでした。しかしI-PACEでこれを全部捨てたわけです。ショートノーズでキャビンが大きく背が高い。デザイナーのイアン・カラムによると「EVでジャガーらしさをどう表現していくのか」が大きなテーマだったと語っていましたが、結果的には、じつにEVらしいデザインでありつつ、顔とかお尻にジャガーらしさがあふれているように思います。
例えば、今までクルマがなぜロングノーズだったのかというと、ボンネット内に大きなエンジンを積むからで、背が低いのは重心を下げるためでした。EVの場合は床下にたくさんのバッテリーを積みたいので床面積を大きくする。タイヤが邪魔になるのでホイールベースを長くする。ちなみにI-PACEの場合は、全長が4,682mmなのにホイールベースが2,990mmもあります。また、ノーズにエンジンを積む必要がないのでショートノーズになる。I-PACEのデザインは、EVの特性に忠実に作ったフォルムなんです。逆にいうと、EVでロングノーズというのはデザインのためのデザインになってしまいます。「機能に忠実なデザインを素直に形にした」というところがなんともカッコよく見える理由になっていて、新しさもあり、ジャガーらしさも表現されています。
今、自動車のデザインは、正直、煮詰まっていると思います。モデルチェンジしても、どこが変わったのかがわかりにくい。ライトが違うとか、よく見ないとわからない。その中で、I-PACEはあきらかにそれまでと違うスタイルなので、デザイン的にもブレイクスルーしていると思います。
インテリアのデザインにも、私は高評価をつけました。印象としては、ジャガーでありながら「レンジローバー・ヴェラール」の雰囲気に似ており、レザーの質感やスイッチ類、トリムの形など良い感じの足し算で、ラグジュアリー度も高いですよね。操作系も真っ黒なデュアルタッチスクリーンとダイヤルに分かれていて、タッチスクリーンに複数の機能が入っている。技術的にはすべてタッチスクリーンでできるのでしょうが、あえて操作系が表に出ているためプラインドタッチも可能です。そういうところがクルマ屋さんが作ったEVであり、新時代のジャガーを感じます。
あとは、なんといっても航続距離の長さ。バッテリー容量が90kwhもありますから、結構楽しんで走っても300数十kmは走れます。カタログ上はWLTCモードで438kmですから、抑えて走れば400kmは走行可能です。なので、移動中に急速充電や継ぎ足し充電をしなくても、一般的な使い方では、家か出先での充電で足りるというレベルの航続距離なってきました。
EVとして航続距離が現実的になると、審査する側としては、あとは走りやデザイン、値段といった戦いになる。そういう部分でI-PACEは、私を含め世界中のジャーナリストのお眼鏡にかなって2019ワールド・カー・オブ・ザ・イヤー賞を受賞したのだと思います。ジャガーの形をした、ただのEVだったら評価されないでしょう。走り、デザイン、性能など、エンジン好きのモータージャーナリストから見ても、新しい時代の流れを作った良いクルマなのだと思います。